日本自然災害学会長 挨拶

自然災害学会の価値を考える

会長(2023年度~2025年度)
京都大学 多々納裕一

はじめに

2023年4月から会長を拝命いたしました京都大学防災研究所の多々納裕一と申します。 浅学菲才の身ではありますが,目黒前会長の後を継いで,本会の発展に寄与したいと考えております。 皆様のご支持とご協力を伏してお願い申し上げます。

自然災害科学とは

ご承知おきのように,日本自然災害学会(Japan Society for Natural Disaster Science:JSNDS)は,自然災害科学の研究の向上と発展につとめるとともに,防災・減災に資することを目的として,昭和56(1981)年3 月に設立されました。

学会の設立に先立ち,1959年の伊勢湾台風による災害を契機として,自然災害科学および防災科学の研究の重要性が認識され,自然災害科学総合研究班を中心に,従来の各種の学問領域を糾合する独自の組織ならびに学問体系が形成されてきておりました。これらの成果を基礎として本学会が設立されたわけです。また,1993年度からの文部省科学研究費における複合領域「自然災害科学」の採用にも現れておりますように,本学会の活動の成果として形成された学問領域「自然災害科学」は,1993年度からの文部省科学研究費における複合領域として,科学研究費の研究領域としても認知されるに至っております。

本会は,その目的の第1として,「自然災害の基礎的学術研究,応用的技術研究ならびに防災・減災システムの究明に関する調査研究」をあげています。災害リスクの構成要素として挙げられるハザード,エクスポージャ,ヴァルナラビィティの3要素それぞれに関するその形成メカニズムの解明,その理解に基づいた予測や対応方策の考案とその効果の究明等が求められていると解釈できると思います。

ハザードのメカニズム解明には,理学・工学的アプローチが極めて有効ではありますが,エクスポージャの形成メカニズムの理解やその制御に関しては,計画学や人文・社会科学的なアプローチが,ヴァルアラビィティの形成過程の理解やその制御には,工学や人文・社会科学的アプローチが必要となります。したがって,自然災害科学は,理学,工学から計画学,人文・社会科学にわたる広範な領域にまたがる複合領域として認識されてきたわけです。日本自然災害学会は,このような広範な領域にまたがる多様な研究者の参画により成り立っています。

専門分野の異なる広範な研究者が参画しているとはいえ,分野の垣根を越えて,相互の理解が進んできているかと言えば,胸を張ってそうですと言えない状況であると思います。自分たちの領域に近接する隣の領域の研究であってすら,あまり関心が払われなくなってしまっていないでしょうか? 個々の専門領域の先端性を追い求めるがあまり,他の領域 に関心が払われない,もしくは,その時間がないと思われている研究者は少なくないのではないでしょうか?

 自然災害の基礎的学術研究,応用的技術研究ならびに防災・減災システムの究明に関する調査研究を推進するのは,実際に災害の被害を軽減し,災害に対してレジリエントな社会の構築に寄与しようとするからです。このような共通の志を実現するための学際複合的な学術的プラットフォームが自然災害科学であると言えると思います。そして,それを実 現するための場が自然災害学会であると考えます。

日本自然災害学会の強みを今一度考える!

日本自然災害学会は,理学,工学,計画学,情報学,人文・社会科学等,広範な専門性を有する研究者の参画を得て成り立っている学際的な学会です。災害現象がそもそも複合的要因間の関連関係によって生じることを認識し,その相互関連の解明に注意が払われてきました。このような学際性が,まず,最初に強調すべき当学会の強みであると思います。

この前提に,志とでも言いましょうか,専ら災害の学理の探究を旨とするのではなく,被害軽減や早期の復旧等に学理を応用し,併せて実践を進めるための方法論の開発など,実際に災害による被害を減らし,地域が早期に回復するようにするにはどうすべきか,すなわち,「災害被害軽減と災害レジリエンスの向上」といった実学上の問に応えようという気概を共有しているということを挙げることもできると思います。

また,自然災害科学総合研究班からの流れもあり,「災害調査といえば自然災害学会」というように,主要な災害が発生すると,学会の中で調査団が結成され,「自然災害科学」で特集として掲載されてきています。実際の災害で得られた貴重なデータをもとに,自然 現象であるハザードが,人的・物的被害につながった因果の解明がなされてきました。現実の災害の事例が多角的に分析され,それをまとめて読むことができる災害特集はわが学会誌のハイライト記事であり続けてほしいと願っています。文部科学省の突発災害調査は,現在は,当学会と同様に,自然災害総合研究班からの流れをくむ自然災害研究協議会が世話役として調査のコーディネートをされていますが,今後はより一層,関係を強化し,当学会もより積極的にコミットする形で,災害調査やその成果の公開等に貢献していければと考えております。

具体的に何をなすのか?

以上を要するに,「自然災害の基礎的学術研究,応用的技術研究ならびに防災・減災システムの究明に関する調査研究」という「災害被害軽減と災害レジリエンスの向上」という志を同じくする学際的な研究者・実務者の集まりとしての当学会の強みをさらに強化し,魅力につなげていくことを目標として今後の活動を推進していきたいと思います。

災害がそもそも複合的な事象である以上,個々の領域の研究者がそれぞれに頑張るだけでは,災害による被害の軽減や迅速な復興には必ずしもつながらないはずです。自然災害科学のような領域の存在意義は,おそらく実際に防災・減災に役立つものであるのかどうかであると考えます。

そのためには,まず,互いの関心に興味を持つことから始めるのが,いいのではないかと考えます。年次講演会においても,特別企画セッションを企画し,皆様方とともに今後の方向性に関して議論をしていきたいと考えています。まず,第一弾として9月の学術講演会では,当学会副会長の矢守先生と牛山先生とともに「自然災害学会のこれまでとこれから」を開催します。皆さんの積極的なご参加を期待しております。

目黒会長の時代に,「ホンネで語るぼうさいカフェ」という企画をスタートさせました。2か月に一度60-90分の時間で,「ぼうさい」をめぐる様々な課題に関してweb 会議上で活発な意見交換がなされています。「ぼうさい」とひらがなで書いたのは,漢字の防災よりも,より柔軟で広い意味を「ぼうさい」という活動に込めたからです。なんでそんなことをするの? 関心はあるけどどうやったらいいかわからない? 等,参加の動機は様々でしょうが,本音で議論できる場ととして定着しつつあると思います。今後とも,継続して,学会発表とは少し趣を異にする本音の意見交換を続けて行ければと思っております。

また,専門領域の垣根を超えた理解を促進するために,総合学術情報誌「自然災害科学」においても,特集の充実を図っていきたいと考えています。カフェ等で取り上げられた話題を起点として,特集に発展させるというような試みもこれから積極的に進めていきたい と思っております。

当学会では,総合学術情報誌「自然災害科学」に加え,英文誌「Journal of Natural Disaster Science」を刊行して参りました。このうち,英文誌は韓国防災学会(KOSHAM)と連携して,日韓両学会共通の英文論文集「Journal of Disaster Science and Management(JDSM)」と名前を変えて新たな展開を図ることとしていました。しかしながら,2020年6月に「Journal of Natural Disaster Science」Vol.40 No.2を刊行したのち,現在まで刊行できずにおります。この遅延は,韓国防災学会が提供する予定の編集システムを運営する体制が整わなかったことが主な要因です。皆様には大変ご迷惑をおかけしまして,申し訳あ りません。

現在,当学会運営における最重要課題と位置づけ,タスクフォースを設置して,韓国防災学会の皆様とZOOM等での協議を重ねております。近日中に皆様に解決方策に関してご報告したいと考えております。うまくいけば,日本自然災害学会の皆様の研究成果を国際的に問うことのできるプラットフォームとして今後機能していくことが期待できます。今しばらくご寛容のほど,お願いできればと存じます。

おわりに

3年間という限られた期間ではありますが,「災害被害軽減と災害レジリエンスの向上」という志を同じくする学際的な研究者・実務者の集まりとしての当学会の強みをさらに強化し,魅力につなげていけるよう精一杯励みます。よろしくお願いいたします。



過去の会長挨拶

日本自然災害学会 | Japan Society for Natural Disaster Science