学会誌「自然災害科学」

自然災害科学56 Vol.19,No.4, 2001

【巻頭言】[Preface]

水災時における情報の共有に向けて

(財)河川情報センター 企画・調整部長
中安 正晃

ここ数年、これまでの記録を塗り替える激しい豪雨による水災害が全国各地で相次いで発生しています。特に、昨年9月に東海地方を襲った豪雨は、名古屋市を中心とする大都市域に甚大な被害をもたらす近年稀な都市型水害を惹き起こしました。

水災害がもたらす深刻な被害を回避したり、あるいは軽減していくためには、堤防や排水ポンプといった治水施設の整備に加えて、関係者一人一人の適切な行動を起こすのに必要な情報が迅速かつ確実に、しかも分かりやすい形で伝達されることが不可欠です。しかし、水災害時に全ての情報を関係者全員が共有することは難しく、東海豪雨の際にも必要な情報が円滑に伝わらなかった事例がいくつも存在しました。

水災時における最も基本的な情報は、大雨や洪水などの注意・警報情報と、レーダ雨量、テレメータ雨量、河川水位などで、河川管理者である国土交通省や都道府県及び気象台から発信されます。そして地方自治体などの関係機関は、これらの情報と地域の特性を付き合わせて適宜判断を下します。

こうした情報は通常、発信機関から都道府県、都道府県の土木事務所、市町村へと順に伝達されていきますが、情報の伝達ルートが決まっているため、ややもすると伝達に多くの時間を費やすことがあります。東海豪雨の時も洪水警報など緊急を要する情報が、各市町村に到達した時点では、既にその価値を失ってしまっていたというケースがありました。

一方、地域住民の安全確保の重責を担っている市町村長が、自らの判断で住民に避難を勧告あるいは指示することもあります。これは、当該地域の住民が的確な避難行動をとるためには最も重要なものと言えます。東海豪雨の際にも庄内川や新川などに沿った市町長の多くが独自の判断で、地域住民に避難を勧告しましたが、避難勧告発令を行うタイミングの的確な判断と、住民一人一人までの迅速で確実な伝達は極めて難しい課題として残りました。

水災発生時においては、必要な情報のほとんどが河川管理者や気象台から都道府県、市町村、そして住民へと流されてきました。いわば情報の「川上」と「川下」が明確に固定されており、その一方通行の流れの中でいかに正確な情報を迅速かつ確実に伝達するかがこれまでの施策展開の主眼となっていたのです。

河川管理者からの情報を、各地方自治体に速やかに分かりやすい形で伝える組織として、昭和60年に(財)河川情報センターが設立され、以来、都道府県と市町村とを結ぶ防災LANの整備なども各地で進められてきました。そして現在では、インターネットや携帯電話などの媒体を通じて、住民の一人一人にまで河川管理者からの情報を直接伝達していくことも可能となりました。また、マスメディアやCATVを介した情報伝達や防災無線の整備など、伝達経路の多元化と表現の分かりやすさの改善には、各方面で極めて大きな努力が払われています。「川上」から「川下」への情報伝達は確実に加速しています。

勿論、必要な情報が正しく理解され、受信者の適切な行動に結び付いていくためには、発信者側の「知らせる努力」と同時に、受信者側の「知る努力」も不可欠です。住民一人一人が、自分の住んでいる場所の特性や避難場所などを普段から十分に認識するとともに、危険が迫った場合の情報の入手手段や自らとるべき行動についても、日常から意識しておく必要があり、そうした取り組みも各地で始められています。

そして今後は、現場の情報を関係者が迅速に共有する仕組みの構築が大きな課題であると考えられます。河川や堤防がどのような状態になっているのか、町内のどの辺りがどの程度水に浸かっているか、救助を必要とする住民がどこにいるか-などは、現場でしか分からない情報であり、多くの場合、水防団や住民から無線や電話で市町村に伝達されます。現在、GIS技術の発展や、インターネット、携帯電話等の情報プラットフォームの普及・高性能化によって、現場の情報を関係者が共有するシステムを構築する上での、技術的な制約や障害はほとんど無くなってきています。しかし、この情報共有のシステムが機能するためには情報の「双方向性」、すなわち水防団や地域住民側の「知らせる努力」が必要不可欠なのです。

洪水などの水災害が完全に無くなることはありません。その被害をより少なくしていくためには、施設整備というハードと情報というソフトの両面の対応が必要です。そして、情報の共有という面においても、河川管理者と地域の方々の密接な連携は、今後ますます重要な課題になっていくものと考えられます。