学会誌「自然災害科学」

自然災害科学55 Vol.19,No.3, 2000

【巻頭言】[Preface]

行政改革の先取りと有珠山噴火対処

内閣安全保障・危機管理室 内閣審議官
関 克己

平成13年1月6日が国の多くの機関にとって大きな節目の日になるべく準備がすすめられています。現在属している室は周りの大変さとは種類の異なるあわただしさの中にあります。というのも,内閣の危機管理機能の強化については同じ行政改革会議の議論において,今すぐに実施すべきとの方針から平成9年5月に中間整理として基本認識と具体的方針が提起され,行政改革の先取りとして内閣法改正,内閣危機管理監の設置,内閣安全保障・危機管理室の発足等が3年早い平成10年4月なされているからです。さらに,来年の1月6日には,安全保障・危機管理室は現在の内政審議室及び外政審議室と一体化し,組織全体をあわせて一体的に運用することで,柔軟かつ弾力的な組織により内閣機能の一層の強化を図ることとしています。このため,内閣の危機管理機能の強化は実質的にどうなるのかと気にされる向きもあります。しかし,この間に進められてきた,とりわけ初動期を中心とした緊急事態への対応の準備と体制の整備や有珠山の噴火等多く発生した緊急事態への実際の対応に基づくプラスとマイナスも含めた蓄積によって,1月6日はひとつの中間地点として記録されると思っております。

○中間整理に示された基本認識

平成9年5月の「内閣の危機管理機能の強化に関する意見集約」の基本認識は,・早期に行政の総合力が発揮できる態勢を整える・政府の取り組みが国民の目に見えること自体に大きな意味・危機の範囲についても,初期的には幅広に捉え.事態の推移に応じて順次手直しをすると提起され,今回の有珠噴火に対してもこれが基本となりました。

伊達市役所の窓から見た3月31日13時10分の最初の有珠山の噴火,前日までの予想とは異なる位置からの噴火のため約1万人もの方の事前の準備もないままの避難やカテゴリー1への短時間一時帰宅の実施等今でも緊張感とともに鮮明に思い出されます。今回の困難な緊急避難を可能にしたことの一番の要因は,ハザードマップの整備と活用等を通じて,普段からの住民,自治体,研究者のきめ細かな連携があり,噴火災害に対応する地域のポテンシャルが高かったことが一番の理由と考えます。以下こうした地元のポテンシャルのもとで運営された,有珠山現地合同本部の特徴を紹介し,今後の体制のひとつのあり方として参考にしていただければと考えます。

○早期に現地重視の体制

政府の現地対策本部の設置は阪神・淡路大震災後の災害対策基本法の改正により位置付けられた。昨年9月の東海村原子力(JCO)事故でも設けられているが,災害対策基本法に基づいて設置されたのは有珠山噴火が初めてとなる。また,「国が引っ越してきた」と表現した人もいるが,国土庁の総括政務次官(政府現地本部長)や北海道の副知事をはじめとして関係機関の意思決定に係わる者が初期の段階から幅広く現地に派遣され,1市2町の責任者と一体となった現地中心の体制が早い時期から構築された。このことが迅速な対応につながった主要な要因の一つである。

○状況・情報・課題の同時・オンライン共有化

合同本部の部屋は伊達市と議会の全面的協力により確保できた。担当者はこの空間をJCOの経験から,狭くても同じ場所でお互いの顔が見えるようにしたワンフロア方式を基本にレイアウトを実施。これにより多くの組織・人員で構成されたにも係わらず,どこかで問題が起これば会議を開かなくても,黙っていても同時に共有できる状況がつくられた。

さらに,会議や現地映像を道庁や官邸,関係省庁に中継することで,情報・状況の共有化が現地合同本部内だけでなく,札幌,霞ヶ関との間でもなされ,温度感の差の少ない対応に結びついた。道庁内では各課のテレビに放送されることで組織全体の速やかな対応に貢献した。また,自衛隊,警察等のヘリテレ映像や最新の観測機器の活躍のみならず北海道開発局の高感度画像等各機関の映像が広くオンラインで共有されたことも特徴である。

○メンバーは顔なじみ

3月29日夕方の到着後,避難が進められ騒然としている中での伊達市役所で第一回現地連絡調整会議開催。気がついてみると,国のメンバーは半年前の東海村原子力事故政府現地本部や2月16日のロールプレイ方式の大規模地震訓練等の参加者であり省庁は違っても頻繁に顔を合わせてきたメンバー。お互いの紹介・挨拶抜きで政府の現地本部が動きはじめることができ,FEMAのリージョンIVの局長が頻繁に関係機関との会議や訓練を行うもうひとつの重要な目的がある。顔なじみになることであると以前話しておられたことを思い出した。

今後の危機管理機能や防災対応を考えていく上での一つの切り口として,予防,対処,復旧・復興のループのうち対処あるいは結果管理(consequence management)とその中での意思決定(選択)を対象とした検討と強化があるのではと考えている。

大規模な災害等が発生し被害が拡大していく過程では情報は限られ,全体像が把握できないような状況下で,しかも限られた時間で限られた資源の配分に関する意志決定が求められる。さらに事態が発生してしまっている以上評価はマイナスからのスタートでありマイナス案相互の比較によるしかない。従来ともすれば静的な対応計画や訓練が多いことや自然災害であっても経験する頻度は少ないという課題がある。このため,擬似現実とも言えるロールプレイング方式を導入した指揮所訓練(CPX)の実施と,この訓練を通じた緊急事態の対処についての点検と問題の把擾が有効であり,防災施設の整備も含めた事前の対策の強化にもつながると考える。