学会誌「自然災害科学」

自然災害科学53 Vol.19,No.1, 2000, p1f

【巻頭言】[Preface]

有珠噴火に思う

日本大学文理学部教授
荒牧 重雄

有珠火山が3月31日に噴火した。過去337年間に8回噴火したことになる。平均して48年に1回の割合である。この繰り返し頻度は,日本の火山の平均よりはるかに短い。ふつう100年から1,000年に1回というのが相場であろう。それぞれの噴火記録の質はかなりよく,その知識が今回の噴火予知成功の原因の一つとなったと思う。別の面から幸運であったことは,有珠火山は最近90年間,ということは日本における近代的火山学の歴史全体を通じてということであるが,特別に詳細に研究・観測が続けられていたということである。この間,1910年,1943~45年,1977~78年と3回の特徴ある噴火が観測された。今回の噴火はこれら3例の過去の噴火で学習された知識を適用するのにちょうど適していたといえる。そして何代にもわたる,有珠火山の研究者の熱意と英知の反映でもあった。最近改定された気象庁の火山情報の階層のうち,もっとも緊急度の高い「緊急火山情報」を,噴火が始まる前に発表し,それが災害対策に大いに役立ったことは,日本の噴火災害史上初めてのことであり,好ましい記念碑となるであろう。

しかし,噴火はまだ終わっていない。最大16,000に達した避難者の数も3,000人台まで減少したが,この数はこれから当分はあまり減少しないだろう。噴火口のすぐそばに残った避難者の住居があるからある。すでに避難の日数は2ヶ月を超えた。人間の我慢の限界はそう長い日数保持できない。これから,学識経験者としての火山研究者と行政との対立の泥沼が続くのかもしれない。

自然災害の中で,火山災害は際立った特長をいくつか持っている。まず,予知・予測が困難である。たとえば気象現象と比べて,予報がはるかに困難である。この点は地震予知と同じ立場だといえるだろう。しかも,防災的見地からは,一過性の地震現象とは違い,発象の瞬間だけではなく,以後の経緯を予報することが要請される。研究者にとっては,現象の観測と,その評価と,それに基づく予測をリアルタイムで行わなくてはならない。現象の連続性を生かした,衛星などのリモートセンシング手法によって瞬時にマッピングができる大気現象とは異なり,地下にあるマグマの所在を透視することはまだできない。マグマの状態方程式や,噴火という途方も無い非定常・非可逆・非線形現象の物理モデルは確立していない。決定論的アプローチの代わりに,統計的手法を試そうと思うのだが,個々の火山についての噴火の事例があまりにも少ない。大数の統計は望むべくも無い。上に述べた有珠火山などは例外といえる。

地震予知がダメでも,地震災害の減災は出来る。発震現象は予知できなくとも,準リアルタイム予測による防災システムはもとより,ストレートな耐震構造物の作成からはじまり,地震工学の分野はすでに十分発達しているとも言える。一方,火山工学の分野は,未だに離陸していない状態である。少なくとも,大学研究機関にそのような部門が設置されるまでには社会的に認知されていない。社会的ニーズが十分でないためなのか?現状は,基礎研究者,理学部的学者が,いわば片手間に防災アドバイザーとして関与しているケースが多いと思う。ひとつには,基礎的な理学的研究がまだ相当程度必要であるという事情もあるだろうが,やはり災害規模が十分大きくなく,社会ニーズがそれに見合うだけ存在しないという仮説は無視できない。

以上は,自称火山研究者の言い訳のように響いて仕方が無い。隣の家の芝生は緑というものであろうか?だが,一面の真理があるのではなかろうか?

一方,火山研究に関わってから40年,ふりかえるとやはり相当の進歩はあったと思う。噴火予知にしても,最近の噴火についてはすべてある種の予知ができたと言うべきであろう。天気予報のように,日時を指定し,数十平方キロの地域を指定し.降水量1mm以上というように閾値を指定した予報はむろんできない。その意味では,一般市民の日常生活に利用できる精度の予報はまだできない。

しかし,数週間,数ヶ月という窓で何らかの異常が発生したという予報ができそうである。100%ではないにしても。今回の有珠噴火の前兆としては,4日前から火山性地震が群発した。1990年の雲仙火山の噴火に先立っては,約4ヶ月前からやや深い群発地震,そして1週間前から集中的な浅い地震と明瞭な地殻変動が観測された。これらの前兆は,噴火に結びつく可能性のある異常現象であるというコンセンサスが研究者の間で生まれるほどには明瞭であったので,観測態勢を臨時に増強するなどの措置をとることが可能であった。このような一種の「あいまい予報」は,防災行政の担当者にまで波及させることができるだろう。市民向けの予報とは別に。この種のあいまいさを持つ情報でも,受け手がそれを正しく評価するならば,きわめて有用なものとなる。今後の進展が期待される。