学会誌「自然災害科学」

自然災害科学50 Vol.18,No.2, 1999, p135f

【巻頭言】[Preface]

災害関連学会の連携と21世紀の防災

日本自然災害学会会長
河田 惠昭

本年4月に日本災害情報学会が設立された。現在,会員数はおよそ350名に達している。私はこの学会設立の発起人で,かつ初代会長となられた東京大学社会情報研究所の廣井 脩教授から,当初より学会設立の相談を受けてきたので,ここに至ったことを大変嬉しく思っている。かなり以前より,社会科学分野の災害研究者やマスメディア関係者に日本自然災害学会の会員にもっと沢山入っていただくように働きかけてきたが,決してうまくいかなかった。日本自然災害学会の会員は当初は,自然科学関係の研究者が圧倒的に多かったこともあって,社会科学の分野からの参画は数えるほどであった。誤解を恐れずに言わせていただくならば,これまで,自然科学の分野の多くの研究者は,社会科学の分野からの防災研究への参入と彼らとの共同研究の必要を本心から考えていなかったような気がする。しかし,阪神・淡路大震災が起こって,社会科学の分野からの防災研究の重要性が初めて認識されたと言ってよい。来年1月に兵庫県は震災検証事業に基づく国際シンポジウムを開催するが,20の検証テーマのうち,純然たる自然科学のテーマはわずかに1つに過ぎない。巨大災害の復興過程で問題となるのは,実は社会科学的な内容のものばかりである。

このような観点から,今回の日本災害情報学会の設立は大変意義あるものだろう。なぜなら,私たちは同志であり,その目的は災害による被害軽減だからである。本年10月に東北大学で第18回日本自然災害学会年次学術講演会が開催されるが,同じ会場で第1回日本災害情報学会年次学術講演会が開催され,懇親会は自然災害総合研究班も加わった3者で共催することになっている。災害関連の学会で兄貴分である日本自然災害学会が,新参の弟の一人立ちに協力するのは当然であろう。その意味で,私も会員であり,本年設立9年目を迎える地域安全学会とも協力しながらいろいろな取り組みを行いたいと考えている。この学会も本年から査読付きの論文を募集する等,充実に向かって努力されており,その方向は自然災害研究の質的向上につながるものであり,大いに歓迎するところであろう。これら3つの学会が1つの大きな組織になるよりも,むしろダウンサイジングの長所を十分生かしながら行動した方が,成果が上がると考えられる。時代は組織の大きさを競うようなものではなく,一体何を目指して活動し,その成果を世に問うことができるかどうかで評価されるべきであろう。

ところで,米国では毎年7月にNatural Hazard Workshopがコロラド州デンバーもしくはその近郊で開催されてきた。本年で第24回を迎えた。別名 “July onference” と言われており,全米各地からおよそ350名の人たちが集まって,多くのトピックスについてのワークショップと全体会議が執り行われる。ここで問題としたいのは,参加メンバーが実に多様であることである。連邦政府からはFEMA, NASA, CIA, FBI, USGS, NOAA, NSFなどの実務者が参加し,それに軍関係者,州や市の防災関係者,赤十字,ボランティアグループ,保険会社,ライフライン企業の人たち,そして大学の研究者である。その多くは社会科学分野であり,大学の研究者はむしろ少数派である。要は,災害が発生したときに関係する分野の人たちが一堂に会して,ディスカッションするのである。この主催は大学でも学会でもない。強いて言えばNSFに支援されたコロラド大学のNatural Hazards Research and Applications Information Centerが事務局をやり,その所長のミレッティ教授が代表で開催費用を連邦政府の補助金と参加費用でまかなっているのである。わが国で,文部省と科学技術庁,防衛庁,気象庁,国土庁,建設省などの資金が大学を通してこのような会議を24年間も開催することは不可能であると言ってよい。米国の研究体制はそこまで目的に対して柔軟なのである。そして,本年24年間の総括を行い,その成果が『Disaster by Design』のタイトルでこの7月に本にまとめられた。共同研究者らとその翻訳作業をやりながら,米国の組織的研究のすごさを肌身で感じている次第である。

わが国の自然災害共同研究の推進には,本年発足40年を迎える自然災害総合研究班が大きく貢献してきた。最近,防災研究のCOEとなった京都大学防災研究所がこれを支援する体制が整いつつあるが,これらでの活動はこれまで主として学理の追求であって,防災学という学問体系の確立が大きな目標となってきた。しかし,日本自然災害学会,地域安全学会,日本災害情報学会は連携して,防災学を研究者のものだけでなく,実学として総合化するために,社会が防災に何を期待しているのか,これからの防災体制のあり方や研究成果のアカウンタビリティの向上に目標を置いた活動を継続しなければならない。わが国のように社会がますます高度化,複雑化する一方で,少子高齢化が急激に進む背景にあっては,災害は新しく生み出される社会の弱い部分やあらゆる矛盾を突いて襲ってくる。被害様相の新しさ,その複雑さ,被害の長期化を考えるとき,関連学会が協力して,その得意とするところを攻めることが,結局,わが国の防災力の向上につながるだろう。



京都大学防災研究所 教授