学会誌「自然災害科学」

自然災害科学44 Vol.16,No.4, 1998, p223f

【巻頭言】[Preface]

新しい地球研究センターを目指せ

科学技術庁防災科学技術研究所 所長
片山 恒雄

私が大学を辞めて,今の職に着いてから1年半が過ぎようとしている.あのときの決心には,阪神・淡路大震災の経験が色濃く影響を及ぼしていたと思う.同じ研究機関とはいえ,大学から国立研究機関へ移った1年半前には,こんなに早く行政改革,財政改革の大波に揉まれることになろうとは想像もしなかった.将来を読む能力がなかったといえばそれまでだが,1年半前には私と同じように考えた人は,私だけとは思えない.

防災科学技術研究所は,科学技術庁の管轄下の研究機関だが,行政改革の結果,科学技術庁は文部省と一緒になることになった.それなりの決意で大学をやめたのに,形のうえではまた元のねぐらに戻ることになる.皮肉なことである.

行政改革が予定通りに進めば,現在ある1府22省庁が,総理府と12の省庁に統合される.現在の省庁のそれぞれは,いくつもの研究機関を持っており,これらがエージェンシーという形に移行することも,世の中ではかなり大きな話題となっている.メディアの扱いは,工一ジェンシーとはどんなものかという,制度論的な議論が多い.エージェンシーという形態を含んだ官の研究機関,大学という学の研究機関,さらに民間の研究機関がどのように役割を果たし合うかについての議論も十分とは言えないが,さらに不足しているのは,研究すべき問題の中味である.

ここで話題にしたいのは,広い意味での地球科学である.私たちの科学技術庁・防災科学技術研究所では,気圏・水圏・地圏のすべてにわたる自然災害の研究を行っているが,いかんせんパーマネントな研究者の数は高々80人に過ぎない.一方,自然災害に関連した分野を広く眺めると,そこには,いくつもの研究機関が共通に対象としている災害にかかわる科学技術の分野があることがわかる.

最近,あちらこちらの分野で行われている地球規模のシミュレーションモデルづくりなども,その一例であろう.短期の天気予報から長期の気候変動予測,水やエネルギーの地球規模での収支,温暖化など地球環境の変動の予測,そしてこれらの変化によって人類の健康や食料の問題がどんな影善をうけるか.こういった問題には,それらのとらえ方,定式化から解法に至るまで,共通な部分が少なくないであろうことは,専門家でなくても想像がつく.

行政改革という大波の中で,研究者という立場で今考えるべきことは,将来20年,30年を見通したときに,自分が身を置く広い研究の分野において,どんな研究内容の枠組み(研究制度の枠組みではない)が最も望ましいかということである.少なくとも20年,30年先を見据えたものである以上,そのときに中心的な研究者である人たちが,これを考えなければ意味がない.今の制度の中枢にいる人たちは,その頃にはもう今の立場にはいないのである.若手の研究者の中には,そんなことをするのは時間の無駄と思う人もいるようだが,真の意味での変化を求めようとするなら,そのための時間を惜しんではいけない.

このときに心すべきことがある.まず,自分が今やっている研究の枠を離れて考えること,そして,自分が今所属している研究機関の枠をはずして考えることである.地球科学・防災科学という括りが適切かどうかから考え始めなければなるまい.言うだけなら簡単だが,実行となると極めて難しい.このような変化を求めようとすれば,周りからの抵抗も少なくないかもしれない.

善きにつけ悪しきにつけ,私たちは今行政改革という大波にぶちあたったのである.広い意味で私たちが関係している研究の分野を,その内容に重点を置きながら大きく変革することができるのは,今しかないのかもしれない.座して変化(もしかすると無変化)を待つのは耐えられない.