学会誌「自然災害科学」

自然災害科学43 Vol.16,No.3, 1997, p163f

【巻頭言】[Preface]

阪神・淡路大震災に学ぶ「危機管理10カ条」

兵庫県防災監
斉藤 富雄

あの阪神・淡路大震災から,既に3年近くなろうとしています.私は,昨年4月に「兵庫県防災監」に着任以来,尊い犠牲のうえに得た震災の教訓を決して無駄にしてはならないという決意の下,防災はもとより危機管理全般に至るまで全力をあげて取り組んできまた.そのなかで,私なりに,阪神・淡路大震災の教訓を中心として,その後の重油流出事故,O-157集団発生等の対策のなかから得たものを,次の「危機管理10カ条」としてまとめましたので,ご紹介したいと思います.

■ 防災の基本は油断大敵を知ることである.

平成3年の総理府の調査によると,近畿地方の居住者のうち,近畿で大地震が起こると考えている人は僅か8.4%に過ぎません.また,兵庫県では,昭和62年に地域防災計画の震災対策編を作成していましたが,それ以降ほとんど見直しをしていませんでした.このように,行政,そして住民も地震に対する意識が低かったということは否めません.しかし,よく調べてみると,兵庫県は,過去に何度も震災に見舞われています.今回こそ,震災体験を風化させることなく,語り継がなければなりません.

■ 最悪を想定し,無駄をつくることが大切である.

これまで,効率性や利便性を追い求める余り,とかく安全性の視点をおろそかにしていた面がありました.今後は,リダンダンシーやフェイルセーフといった視点を基本に,最悪の事態の下でも最低限の機能は確保できるよう,防災システムの構築を図っていかなければなりません.

■ 防災機関は万能でないことを知らしめることが重要である.

阪神・淡路大震災当日の午前6時に神戸市内で59件の火災が発生していました.規模にもよりますが,このとき勤務中の消防吏員や消防ポンプ車の数で3件,小規模な火災でも10件への対応が限度であるといわれています.大災害の場合,行政のみでは,対応力に限界があることを認識し,自らの地域は自らで守るという自主防災意識の高揚を図る必要があります.

■ 「便りのないのは悪い便り」であり,便りを受け取りに行くことが必要である.

災害が発生した場合,県には市町等から被害情報が届く仕組みになっていますが,震災直後,被害が甚大な地域からの情報は,ほとんど得られませんでした.連絡がないときには,最悪の事態を想定し,能動的な情報収集活動を行う必要があります.

■ 報道は重要な防災力である.

災害時,被災者に正確な情報を迅速に伝えることは,人心の安定を図り,災害応急対策を効果的に進めるうえで重要です.阪神・淡路大震災の際は,情報の入手方法として,テレビ,ラジオ,新聞が圧倒的に多かったといわれており,防災面からも報道機関の果たす役割に注目する必要があります.

■ マニュアルの熟知はもちろん,それだけに頼らず機転が肝要である.

災害に的確に対処するには,基本的な対応手順をマニュアル化し,訓練などを通じて確実に身につけておく必要があります.ただし,災害の態様はさまざまですから,その場に応じた臨機応変の対応も欠かせません.

■ 非常時だけ使うシステムは,非常時に役に立たないことが多いと思うべきである.

災害時には,一度に膨大な作業を迅速にこなしていく必要があります.そのため,非常時に必要なシステムは,平時にも使えるようにするなど,日頃から習熟,徹底しておかないとかえって混乱するだけになりかねません.

■ 連携は平素が大事である.

災害時には,同時に多くの関係機関が活動するため,その有機的連携が重要です.それには,平時から情報の共有化や応援システムの整備など,緊密な連携体制を構築しておくことが不可欠です.

■ 失敗する訓練こそ真の訓練である.

以前は,防災訓練というと,詳細なシナリオに従って進行し,成功して当然とされてきました.しかし防災体制を検証し絶えず改善を図っていくためには,従来型の訓練ではその目的を達成できません.抜き打ち訓練など,失敗を恐れないで取り組む必要があります.

■ 防災は“人”である.

防災計画やマニュアルを作成し,必要な機器・設備を整備させても,それを動かすのは,人です.そこで,結局は,災害時,刻々と変化する事態に迅速,的確に対応できる人を育てることが何よりも大切だということになります.

「災い転じて福となす」-一私は,常にこの「危機管理10カ条」を忘れることなく,“防災先進県”の実現をめざしていきたいと考えています.