学会誌「自然災害科学」

自然災害科学39 Vol.15,No.3, 1996, p179f

【巻頭言】[Preface]

非常時に対応できる意識の変革とシステムの改革を

(社)日本青年会議所 阪神・淡路大震災復興連絡会議 議長
武藤 均

1995年1月17日早暁,阪神・淡路地方を襲った大地震は,それまで人々の暮らしを育んできた街並みを破壊し尽くし,6000名を越えるかけがえのない人命を奪っていった。テレビに映し出された光景は,これが本当に日本の中の出来事なのかと疑ってしまうほどに無惨であり非日常的なものだった。

青年会議所は,20歳から40歳までの青年が集い「明るく豊かな社会」づくりを目指している団体で,全国754ケ所の各地域で6万5千名のメンバーが活動を行っている。各地のまちづくりに対しては中核的な活動をしてきたと自負してはいるが,今回の震災を経験するまで,いわゆる大災害に対し真正面から立ち向かったという経験はなかった。それゆえ震災の当日もどのような対応をしていいか誰もがわからない状態であったが,なんとかその夜のうちに対策本部を立ち上げ,救援・支援活動を開始したのである。

その後全国のメンバーに呼び掛け,組織的な現地でのボランティア活動を2ケ月に渡り展開するとともに,各地から送られてくる救援物資の集積・配送など,被災地周辺の青年会議所との連携を取りながら効率的な活動に繋げていった。また,被災地の子供たちの心のケアや被災地のまちの復興のための事業については,現在も継続的に行っており,各地で何らかの形で支援活動に参加したメンバーは延べ5万人を越えている。

私自身も現地での支援活動の中で感じたが,人々は今回の経験を通していくつかの「気づき」を得たのではないだろうか。それは,例えば今までの暮らしが一日にして変わってしまうことがあるという事であり,大きな災害などの際には全てを行政に頼ることはできないといった事である。

普段私達は今日の生活が自動的に明日も続くと思っている。しかし,地球がちょっと身震いしただけで,いままでの生活の基盤が大きく崩れてしまうということが起こりうるのである。火事が起これば消防車が,犯罪が起こればパトカーが,けがをしたなら救急車が飛んでくる,誰もがそう思っていたけれども,実際はそうではなかったのだ。だからといって,非常時に行政に対し全ての面で完璧な対応を望んでもそれはほとんど不可能であるし,それを求めていけば莫大なコストがかかってしまうことは少し考えれば誰もが理解できることだろう。

そしてもう一つ私達が得た「気づき」は,多くの人々がボランティアというものを経験し,そしてそれによってボランティアという行為が社会から認知をされたということである。今まではボランティアという言葉に対して違和感や気恥ずかしさを感じた人たちが多かったかもしれないが,今回体験した人は充実感や達成感を得て戻った人が多かったようである。確かに,人のために何かをするということは大いなる自己表現であり,誤解を恐れずにいえば「とても幸せなこと」であるに違いない。

これらの事を考え合わせ,今後私達が災害などに対してどのような準備をすべきかといえば,平常時でも非常時のための意識を持つと同時に,お互いが助け合いのできるようなコミュニティやネットワークを創り,万が一の時には自分たちでできることから活動できるようにすることが必要だと言える。それは決して行政を否定することではなく,行政も含めてそう言った体制やシステムを構築することに他ならない。

青年会議所は,市民や行政に対しこのような意識の変革とシステムの改革の必要性を発信していこうとしている。災害を取り扱う学問においても,その被害を少なくするという視点から市民が被災した時どのような動きを取りやすいのか,どのような救援活動をすべきか,そのためにはどんな社会システムを準備しておくべきかといったような課題に是非取り組んで欲しい。それは,単に災害に限らず,これから日本が迎える超高齢化やエネルギー・資源不足などの問題に対し,どのように社会として対応すべきかという事でもあるはずなのだから。