学会誌「自然災害科学」

自然災害科学37 Vol.15,No.1, 1996, p1f

【巻頭言】[Preface]

防災学研究ネットワークを推進しよう

京都大学防災研究所長
高橋 保

京都大学防災研究所は,平成8年度から全国の大学共同利用の研究所として,新たなスタートを切ることになりました。最近の大学改革の波に乗って,大学付置の研究所や研究施設が次々に改組されている中での,自然災害科学および防災科学,すなわち防災学を総合的に推進することを目的とする共同利用の研究所の誕生であります。研究所の内部的な組織改変につきましては,すでに,本誌のVol.14, No.1で田中寅夫前所長が紹介しておりますので,ここでほ,我々が描いています共同利用の姿の一端を披瀝し,よりよい形として実現して行くために会員各位のご理解,ご批判とご協力をお願いしたいと思います。

昭和34年の伊勢湾台風による大災害を契機とする強い社会的要請を反映して,自然災害科学総合研究班が全同の大学および専門領域を横断する組織として結成されました。爾来30年以上にわたって,この組織による重点的研究課題の設定およびその推進,萌芽的研究の育成,突発災害調査研究の企画・推進,防災学研究推進のための体制の整備,シンポジウム等の研究会の開催,英文論文誌の刊行,全国6地区の災害資料センターの設置とその有機的連携による災害科学データベースの構築ならびに公開,等々が精力的に行われてきました。その中で,災害現象の理工学的研究と人文社会学的研究を結びつける努力もなされて,防災学の体系化が進められて来ました。防災学の育成に対して,自然災害科学総合研究班の果たしてきた役割は誠に大きいものがあります。

総合研究班のイニシアティブによる研究の推進が,どちらかといえばトップダウン的色彩を帯びるのに対して,総合班内部からの発案として,個々の自由な発想による研究のフォーラムとしての役割を演じる自然災害学会が昭和56年に結成されたことはまた大変意義深いことであります。総合研究班と学会とが両両相まって防災学を進展させることが期待されてきましたし,実際にそのようになってきたものと思います。京都大学防災研究所は,このような体制下でなされてきたわが国の防災学の進展に些かの寄与をしてきたものと思っております。

ところが,最近に至って,自然災害に関する研究の重要さが益々増大しているにもかかわらず,その成果が目に見えにくいこともあって,エレクトロニクスやバイオといった先端科学や地球環境のような時流に乗った研究への要望に抗し難く,災害に関わる研究費の支援体制が弱体化しつつあることに伴い,総合研究班の活動が不自由な状況になってきました。阪神・淡路大震災によって,地震対策研究が重点領域研究の一つとして取り上げられましたが,最近の重点領域研究はその目的を狭く絞ることが要求されていますので,総合研究班の活動に大きな貢献は期待できません。このままでは,せっかく機能してきた地域および専門を横縦する研究組織が瓦解する危機に瀕しています。否,そのような状況はすでに進展しつつあると見なければならないでしょう。平成5年度から3年間総合研究班の代表者として,筆者は自然災害研究の体制をいかに維持し,発展させるかに苦慮してきたのであります。

このような事情の基で,京都大学防災研究所の改組が検討されました。研究所の内外に当然種々の意見がありましたが,大部門化と共同利用化を骨子とする成案がまとまり,幸い文部省の理解を得てこのほど具体化することができました。共同利用の具体的な形は,通常,施設・機器の共同利用や,いくつかの課題を設定しての共同研究の実施でありましょう。防災研究所においても,このような形で行うのは当然ですが,さらに,従来総合研究班が担ってきた役割を強く意識して,防災学研究のための強力なネットワーク作りに力を入れたいと考えています。共同利用の兵体的な運営は所内外の委員による共同利用委員会の議を経て行われますが,その中にネットワーク専門委員会を設けて,研究ネットワークの具体化のための構想作りとその実践のための戦略作り,すでに存在している各地区の災害科学資料センターを核とするネットワークによる災害データベースの充実と資料解析研究の推進,ネットワーク機構による従来総合研究班が行ってきた英文論文誌の刊行等を行って行きたいと思っています。

防災研究所を拠点とする恒常的な研究ネットワークによる共同研究が隆盛になり,世界の自然災害の軽減に寄与できることを衷心より願っております。共同研究の成否はほとんど自然災害学会員各位のご協力の在り方にかかっているといっても過言ではないと思います。防災研究所で企画した共同研究への参加,各位が独自で提案される共同研究の実施等,積極的・主体的に防災研究所を利用していただくようお願いいたします。相携えて防災学を推進しようじゃありませんか。なお,具体的な共同研究の要項等は,迫って配布の予定です。