Vol.2-1
 
自然災害発生の本源とその検証
自然災害科学会 会長  松澤 勲
Isao MATSUZAWA

 


Abstract

はじめに
 わが国は世界有数の災害国といわれる。日本列島の津々浦々にわたって国土の全般に,いろいろな種類の自然災害が次から次に頻発していることが特色であって,まさに世界第一級の災害国であると言えよう。すなわち,国土の全般にわたって自然災害を誘発する要因が包蔵されていると言えるであろう。狭い国土において,人間社会生活環境の異常な発展拡大に伴って自然災害の様相が変貌し,それが複雑多様化するとともに災害発生の潜在的危険性がますます増加の傾向を辿るにいたっている。さらにまた,被災が誘因となって,重ねて二次災害が発生している場合も数多い。
 かくして,日本列島における自然災害の発生は宿命的であると考えられるがゆえに,確固たる災害対策を樹立することが,緊急の問題であって,この対策は,第一に自然災害の基礎的学術研究,第二に自然災害の応用的技術研究,第三に災害復旧および防災・減災施行の事業の3者一貫しての協力連携がきわめて重要であると考えている。すなわち,満足な防災・減災あるいは災害回避の施工を行うためには,それに対する技術研究が必要であって,すべて技術研究は基礎的な学術研究にもとづいて行われ,研究上の連携が肝要であると考えるからである。
 従来,わが国では,第二の技術研究が,主として第三の防災・減災あるいは災害復旧の事業を担当する諸官公庁関係の研究グループまたは研究機関などにおいて行われ,それに対して第一の基礎的学術研究は,大学関係において,あまり活発ではなかった。防災・減災などの施策に対する技術研究が先行して,基礎的学術研究の面がたいそう遅れていたため,技術研究の面においても必ずしも満足ではなかったように思われる。
 そこで,標題の論議を進める前提として,“自然災害と公害との区別”,また,“研究推進上の自然災害研究の特殊性”について,私見を明らかにしておく必要がある。すなわち,異常な自然作用または人為的作用が原動力となって,地域の人間社会生活環境に損傷や危害を及ぼし,かつ,人命に係わる事象もしくは人命に係わるおそれのある事象が災害であって,災害発生の原動力が,主として自然現象にもとづくものを自然災害,主として人為的現象にもとづくものを公害として両者を区別する。この区別は重要なことであって,自然災害と公害とは,それぞれの現象が明瞭に異なり,災害に対する観念がまったく違っている。したがって,自然災害は,原動力の自然作用(自然力)を除去または消滅させることは困難で,ほとんど不可避であるから,その災害対策は,もっぱら防衛対策であって,その原因を究明して災害の制御,防除,軽減をはかることが重要な課題である。それに対して一方の公害は,その原動力となる作用が人為的であるから,理論的には,それを完全に除去できる性格のものである。しかしながら,公害の皆無をはかるならば,そこには近代的社会生活の向上もなく,窮極的には原始生活に戻らなければならないであろう。近代文明による高度の社会生活環境には,多かれ少なかれ有害事象の発生が伴うものであるから,公害の対策は,それを抑止あるいは排除するか,さもなければ,それが社会生活環境を侵害しないように調整または回避することが肝要である。したがって,公害の場合は,もっぱら最近のもろもろにおける技術の発達情勢にかんがみても,やがて,今後の技術研究の進歩発展によって,公害の抑止,削減,排除もしくは回避が,完全に実現できるであろうと期待している。
 一方,自然災害研究の場合,確固たる防災,減災,災害制御,または被災の抑止,排除もしくは回避の対策を行うため,災害現象進展の様相を解明することが肝要であるが,適切な解明を得るためには,まず,自然災害の原因と災害発生のメカニズムすなわち自然災害発生の本源について究明がきわめて重要であると考える。自然災害は,異常な自然現象の作用が原動力となって,それが人間社会生活環境の諸事象と相絡み合って発生するのであるから,自然災害研究は,その原動力となる異常自然作用の性状を的確に究明して,災害発生の機構や災害現象進展の解明などに関する学術研究,さらに防災・減災などに関する技術研究は,すべて,自然災害発生の本源に基づく理念に立脚した研究でなければならない。それゆえに,自然災害研究はすべて,まづ,それらの基本理念として自然災害発生の本源の究明が重要であることをとくに強調する。
 なおまた,異常自然作用が加害要因となり,地域の人間社会生活環境や地域の自然環境の諸要素が被害要因となって,両者が不均衡に接触し,相絡み合って自然災害が発生すると述べたが,災害の発生機構や進展の様相,規模などは,両者の性状と絡み合いの如何によって,いちじるしく異なってくるはずである。したがって,加害要因の異常自然作用においても巨視的あるいは微視的に,それぞれの地域的特徴があらわれて地域性が認められ,さらに,それが地域的に特異な被害要素と絡み合って,災害の性状や規模などに,いちじるしい地域性がみられ,自然災害研究は,まさに地域研究であって,巨視的あるいは微視的に地域性が多分に反映されている。
 かくて,たとえば,わが国は地すべり山崩れの災害が全国的に広く発生しているのであるが,代表的多発地域の新潟地方における発生の原因とメカニズムやその性状を,そのまま直ちに.ほかの地方に適用することは,必ずしも妥当ではない。北海道の豪雪による被災現象と信越北陸における豪雪災害現象とは,その性状と被災の様相が,本質的にいちじるしく異なっている。また,わが国は臨海低平地の軟弱地盤における地盤沈下が各処に多いが,各地の地盤地質と地盤構造が,それぞれ異なっているのであるから,地盤沈下の要因やメカニズムは,それぞれに応じて異なっているはずである。したがって,あるひとつの地域の災害の要因や発生のメカニズムを,そのまま一律に,ほかの地域に適用することは適当でない。桜島火山の噴火と被災の研究をもって,そのまま有珠山の噴火と被災の性状を律することはできないのである。さらに,日本における火山噴火または爆発の研究をもって,そのままをハワイ諸島のキラウェア火山やマウナ・ロア火山などの噴火または爆発の性状を律するに妥当でないことは明白である。これを要するに,自然災害の研究には,自然災害の顕著な地域性をもたらす要素を促えて災害発生の本源を究明し,その検証が研究推進に先行する必要性を強調する次第である。

I,地球上における日本列島の位置
 日本列島は,ユーラシア大陸の東岸に沿う太平洋の沿海において,いくつかの島々が,北は北緯45度あまりの付近から,南は北回帰線(北組23度27分)付近へ,北東−南西に延長ほぼ5,000kmにわたって連鎖状を呈し,南東へ突出のいくつかの弧を画いて,いわゆる弧状列島とも呼ばれ,それが,太平洋の周辺をとり囲んで発達する環太平洋造構造変動帯のうちに含まれている。この変動帯は,今からおよそ2千数百万年ぐらい前から千万年ないし数百万年前ほども前の時期,地質時代第三紀の中新世から鮮新世のころに,アルプス変革と呼ばれる激しい地殻変動を蒙って,地殻の大変動を生じた地帯である。
 言いかえると,今日の地球上で,地震や火山の活動,地盤の変動が活発に発生している地域をたどってみると,それらの地域は,ほとんど例外なく非常に長い帯状に延長の地帯になって連なっている。それらの地帯のおおかたは,上記の中新世から鮮新世の頃におけるアルプス変革の激しい地殻変動を蒙った変動帯であって,グローバルな見地から地球上最大級の大規模な二つの変動帯に含まれる。そのひとつが上記の環太平洋造構造変動帯であり,ほかのひとつは,地中海沿岸地域からインドの北部を経て,インドネシア諸島にわたって,そこで前者と接続し,アルプス・ヒマラヤ造構造変動帯と呼ばれるものであるが(注),いずれも帯状に長々と続いて,地球をとり巻くように長い距離にわたって延長している。両者は,グローバルには,側方から地殻が強く圧縮されて形成された複雑な破壊性地殻構造の圧縮変動地帯であるが,その内部においては,地層の褶曲や衝き上げ断層(逆断層)あるいは重力断層(正断層)などの地殻がたくさんに形成されて,とくに複雑な地質と地質構造を呈し,地殻の圧縮による圧縮変動帯や地殻が側方へ強く引張られて引き裂かれるように,断層の裂目を生じて,張力による断裂陥没の地裂変動帯,さらに,火山噴出による火山帯などが,雑多に集申して複雑な地殻構造を呈している。


 (注) 因みに,大陸移動説の説くところによれば,アルプス・ヒマラヤ造構造変動帯は,元来,地中海沿岸地域の西端が中央アメリカ付近と接して,太平洋造構造変動帯と接続し,両者は地球をとり巻いて連続していたことになる。


 今日の地球上で,地震や火山の活動,地盤の変動が活発に発生している地域をみると,そのおおかたは,前記の環太平洋造構造変動帯およびアルプス・ヒマラヤ造構造変動帯の内部とそれに沿う付近にあたっている。それら大変動帯は,中新世ないし鮮新世のアルプス変革の激しい変動以来今日になってもなお,変動を受けた地殻がまだ十分に固定して安定していないで,変動の後遺的名残りが地震や火山噴火や地盤の動きとして頻繁に発生しているのであるとみられる。日本列島が,前者の環太平洋造構造変動帯に含まれて,かような情勢の範ちゅうのうちに位置している認識に立脚して,自然災害発生の根源となる原動力としての自然作用を追求して究明することが重要であると考える。


II,地球の内因的作用と外因的作用
 北風と太陽が,どちらが旅人の外套を脱がすことができるかについて争ったという物語がある。さて,自然界においては,北風ではなく,地球と太場の相克とも言うべきであって,地球内部の熱にもとづく作用と太陽の熱にもとづく作用が,地殻と地球の表面付近で絡み合って種々な変動を生じ,それらの異常変動に人間社会生活環境が巻き込まれて自然災害が発生する。すなわち,地球内部のエネルギーにもとづく作用が内因的作用であって,地殻の激しい造構造変動あるいは地盤の緩慢な隆起沈降変動,火山噴火,地震など,どちらかと言えば,主に地殻の破壊的作用であるが,一方,太陽のエネルギーにもとづく種々な作用が外因的作用であって,地球をとり囲んでいる大気や水や植生などの世界が,位置の力から運動の力へ,あるいは活動の状態から静止の状態へと,このような変動の結果が,地殻や地殻の上に種々な営力として働く作用となり,すべて太陽熱のエネルギーにもとづく。それらは風の作用,降水の作用,風化作用,流水の作用,侵食作用,または削剥の岩屑を流水や波浪によって海底や湖底や河床などへ運搬し,埋積する堆積作用などの営力として働き,結果として,主に地表の突出部を削り,窪処を埋めて.究極には,地殻の表面を平均海水準位にかき均そうとする,ある種の建設的作用ともみられる。
 かくて,筆者の物語は,北風と太陽の争いではなくて,地球と太陽の闘いである。地球自体の内部エネルギーにもとづく内因的作用が,地殻に火成物質を供給付加したり,地殻の断裂や山地の盛り上がりや地盤の陥没を生じて,主として地殻の構成や地表の形態(地形)をいっそう複雑化する破壊的作用であるとみられるに対し,一方の太陽エネルギーにもとづく外因的作用は,地殻表面の盛り上がりの山地を削り,低窪処を埋めて,とどのつまりは地殻表面を平均海水準位に平夷化しようとする建設的作用と見倣されるというわけである。
 かように,地球内部のエネルギーと太陽のエネルギーに起因する両作用が,それぞれ地殻に種々な営力として働き,遼遠の過去から現在,さらに,永遠の将来へと,葛とうの流転が続くはずであるが,それら営力のいずれかの作用が異常にあらわれた場合に,たまたま人間社会生活環境が,それに巻き込まれて,自然災害が発生する。したがって,自然災害の主な根源は,これら内因的作用や外因的作用,あるいは両者の絡み合いによって生ずる作用などのうちにあると考えられる。そのうち,内因的作用は,地球内部に原因する営力を総称するものであるが,現在,とくに地球内部に関しては不明な点がはなはだ多く,そのため内部の状況については種々な仮説があって,それぞれの考え方(理論)の如何によって,内因的作用の見解に相違のあることも当然の事実である。
 元来,仮説とは,一定の現象を統括的に説明し得るように設けた仮定であって,まだ実証されていない科学上のひとつの理論体系である。仮説から理論的に導きだした結果が,観測や実験で検証されると,仮説の域を脱して一定の限界内で妥当する事実として学理となる。とくに自然科学は,古くから多くの仮説が,研究のガイドとして学問の推進に重要な役割を果して,すでに捨てられた(実証されないため)ものも多く,また,見事に実証されて事実(学理)として残っているものも数多い。捨てられた仮説といえども,それまでに試行錯誤によって科学の推進に有効なはたらきをなしていることも多く認められている。仮説は実証されるまでは,あくまでも仮説である。往々にして,試行錯誤の段階にある仮説を事実(学理)であるごとく決めつけて,いたずらに論理を展開して研究を推し進めている場合もしばしばみかけるが,正鵠を失する危倶の念を抱かざるを得ない。仮説にもとづいて研究を推進する場合には,常に,仮説に立脚するという認識のもとに研究を遂行することが肝要であると考える。
 さて,自然災害発生の原動力となる根源の探究に関連して,ここに,アイソスタシー(地殻均衡)説とマントル対流説の二つの重要な仮説がある。とくに,前者については,それから導き出された理論が,幾多の関連の観測や実験で実証され,現在においては,ほとんど妥当な事実として多くの学者に認められている。科学の推進に有力な指針となる学説ともされている。なお,一方の後者においては,地殻の下位にあたって厚さがおおむね2,900kmほどもあるマントルにおいて,その上限と下底の温度差がきわめて大きく,深度に対する温度増加の大きいことなどによって,下部から上部へ向かう熱対流が生じ,やがて熱エネルギーが運動エネルギーに変って対流運動となり,上位の地殻に影響を及ぽすことは観念的に異存ないと考えるのであるが,対流運動のプロセスに関しては,マントルの物資や伝導度とか粘性などに関連の考え方如何によって,その見解にそれぞれの相違がある。したがって,地球内部の状態について実証を得られない不明な点が多い現状,種々な仮説があることは当然であるが,自然災害発生の根源が内因的作用にも関与していることが明らかであるからには,それに最も適切妥当な上記二つの仮説について,その根源を考察し,検証する必要があると思う。

III,アイソスタシー説と自然災害の発生
 アイソスタシー説(地殻均衡説)−現今では,ひとつの根本原理として一般に承認されている学理と見なして差し支えないと思う。この説の概要を簡単に言えば,現在地殻の表面は,山岳や海洋底などの凹凸があって,平均の地球表面に対して,それだけ質量の過剰と不足があるが,地下ある深さまでになると,上からの圧力が一様に相等しくなっていて,静水力学的の平衡が保たれているということである。すなわち,地殻(平均密度2.7)は,それよりも重い物質のマントル(上層部の平均密度3.3〜3.4)の上に浮んでいるような状態になって,浮遊の均衡が保たれているというのである。あたかも,氷山が海水に浮んでいるように,軽い物質が,それよりも重い物質の上に浮んでいる状態であって,この重い物質は液体であるかのような性質を示すというのであるが,これは非常に長い時間作用する力に対して,そうであればよいわけであるから,通常の意味の液体である必要はない。このように軽い物質の地殻が,それよりも重い物質のマントルに浮んで均衡している状態を,アイソスタシー(Isostasy)(ギリシャ語のisostasios,均衡の状態にある)というのである。したがって,アイソスタシーには,地球のある部分が,その周りの部分と均衡(浮遊均衡)の状態へ,いっそう近付こうとする傾向,すなわち,地球内部の可塑的な部分の中に,重い部分が沈み,軽い部分は浮き上がる傾向をあらわすことを意味していると思われる。
 因に,この説は,最初,プラット(J.H.Pratt)の理論とエアリー(J.B.Airy)の理論が,同時にイギリスのTransactions of the Royal Society, 145, 1885に載っているのであるが,両者ともアイソスタシーという語を使っていない。アイソスタシーの語は,それより34年ほど後になって,両者の理論に対してダットン(C.E.Dutton)が初めて用いた名称である(Bull. Phil. Soc. Wash, 11, 1889)。軽い物質の地殻が,それよりも重い物質に浮んで浮遊均衡の状態にあるという基本的理論は,両理論ともに一致しているのであるが,浮遊のメカニズムについて両者の考え方がいちじるしく相違し,地質学的にみて,エアリーの理論が最も当を得ている。したがって,地殻の表面上に高く突出の山岳塊があれば,高さに応じて,地殻が厚くなって下位の重い物質のマントルの中へ深く“根”を突込んで浮遊の均衡が保たれているというのである。この場合,マントルは非常に長い時間に作用する力に対して可塑性であればよいわけであって,長い時間にわたる重い荷重に対しては塑性流動を起し,このような大きな応力に対して本質的には非常に粘性の高い流体の性質を示すのである。すなわち,山岳をなす地塊(地殻の突出)の高さは,マントルの中へ深く突込んでいる地殻の“根”によって補償されているわけである。
 ところで,地殻の根(または山岳の根)が地表の高さに対して,およそどれくらい下方へ突込んでいるかを概算してみよう。今,地表(平均海水準)面上の高度をh,それより下方へ突込みの深さをh’,地殻の密度をρ,マントルの密度をρ’とすれば,浮遊均衡の釣合の条件は,
      ρ(h+h’)=ρ’h’  であるから,
      h’=ρh/(ρ’+ρ)  となる。
 すなわち,地上hの高度に対しては,地下の深度がρ/(ρ’−ρ)倍となっているわけである。したがって,仮に,地殻の平均密度を2.7,マントル上層部の平均密度を3.0〜3.3としてみると,ρ/(ρ’−ρ)=9.0〜4.5となるから,地表の高低に対応の相似で,地表の高度の数倍もの大きさで深く突込んでいることになる。
 しかしながら,筆者は,ここにおいてアイソスタシー説そのものについての論議をしようというのではない。地球の構成において,地殻がそれよりも重い物質のマントルの上位に浮き上って,浮遊均衡の状態に釣合が保たれていることを認識のもとに,(1)何らかの内因的な原動力がはたらいて,浮遊均衡の釣合が破られる作用(過去幾たびかこのような事実があった),(2)均衡が破れると,均衡の状態へ近付こうとする傾向,もしくは不均衡の不安定状態から安定(均衡)の状態を取り戻そうとする傾向の作用,および(3)上記の地球内部における内因的原動力とはどのような作用か,筆者は,これらの作用が根本的に,自然災害発生の本源として,とくに密接な関連をもつことを重視し,この観点において,これら作用の性状と関連のもとに自然災害発生の本源の解明がきわめて重要であることを指摘する。

IV,マントル対流説と自然災害の発生
 今日なお,地球内部の情況については解明されない事柄が多々あって,それらに関しては,それに最も妥当な仮説に準処して科学の論議を推し進めて,理論を補わなければならないことについては,始めに述べた如くである。したがって,前項において挙げたような地殻変動や火山噴出などの変動をかもし出す内因的な原動力に関しては,マントルの対流説について検討し,検索するのが最も適切であると考える。
 ガラスの容器に水を入れて下から加熟すると,やがて水が沸きたって,熱い湯が上昇するところと,上部の冷たい水が入れ替るように下降するところがあらわれて,回転するような運動がガラスを透してみられる。これが液体あるいは流動体の熱対流である。はじめ容器の底が熱せられると底の水が熱くなり,伝導によって次第に熱が上方へ送られて上昇し,上部で左右両側へ分かれて側方へ広がり,さらに下降へ向かって,遂に全体が回転するような規則正しいパターンをつくるのがふつうである。かくして,沸騰すると熱の伝導から対流へ,熱エネルギーが運動エネルギーに変って水の分子が流動し,対流運動となるのである。
 さて,地球は半径がおよそ6,370kmであるが,中心の半径3,450kmあまりの部分が“核”,それを取り囲んで厚さがおおむね2,900kmほどの部分が“マントル”,外側の“地殻”は平均の厚さが30kmあるいは35kmぐらいできわめて薄い。地球の内部は温度が非常に高い。核の温度は少なくとも数千度あるいは太陽の表面の温度と同じぐらいであるとも言われて,おおむね6,000℃ぐらいと考えられ,ともかく非常な高温度であることは間違いない。そして,核は,中心からおよそ1,320kmぐらいのところで,中心部の“中核”と外側の“外核”とに漸移的な境で分かれている。外核は厚さが2,100kmぐらいで,この部分は地震のS波(横波)が伝わらないゆえに,流動体の状態であると言われている。ここは,上記のような数千度もの高温度(現在の知識では外核の上限付近は4,000℃ないし4千数百度と言われている)で,年間数百キロ・オーダーの速度の乱流運動が続けられていると推定されている。したがって,外核が上位のマントルに対して熱を放出し,熱を与えているわけであるが,高温度で乱流運動が常時行われているのだから,マントルに熱を放出することによって核の温度が下がって不安定を生ずるというようなことは起らない。それゆえに核からマントルへの熱の供給は定常的であると考えて差し支えない。そこで,マントルは,地殻(平均の厚さ30〜35km,厚いところで60〜70kmぐらい)の下限から下方へ,深さ2,900kmにわたり,この部分は地震波のP波(縦波)もS波(横波)も伝えるゆえに,相当な高圧のもとに結晶質固体(剛体)の状態にあると考えられる。
 ところで,硬い鉄も熱せられると流動性をおびて容易に変形されやすくなる。熱を加えなくても非常に長い時間をかければ,わずかな力でも曲げられる。また,飴は常態でもたやすく思うままの形に折り曲げられるが,時間を短かくして瞬間的に急激な力を加えると簡単に割れる。ガラスも熱して力を加えるか,もしくは長い時間をかけて,ごくゆっくりと力を加えれば,流動的に折り曲げることができる。以上のことから見ると,地殻の下にあるマントルも,温度と圧力と時間の条件の如何によっては,可塑性をおびて流動体と同じような性質を示すはずである。したがって,マントルが,温度を吸収し加熱されてくれば,温度条件と圧力条件と時間の条件との均衡が破れて,しだいに可塑性をおびて流動体の性質を示すようになる。あたかも鉄やガラスが加熱されたときと同様である。
 マントルは,地表下数十kmの地殻の下限から下方へ2,900kmもの厚さがあって,下底に接する核の最上部あたりの温度がおよそ4,000℃ないしそれ以上,かつ,核からマントルへ熱の供給が定常的であると考えるから,上部から下部へ温度増加が大きく,かなりの温度勾配があるはずである。マントルの底部が核からの熱の輻射を受けて温度が上がると,初めのうちは伝導によって上方へ熱の輸送が行われる。さらに加熱されて温度が高くなると,その部分の密度が低くなって軽くなり,力学的には内部圧力がある限界を超えて可塑性を呈するようになる。遂には熱せられた下部が浮き上がり,入れ替りに冷たい重い上部が沈降して次第に循環し,対流運動がおこる。
 このように対流運動の循環によって下部と上部が入れ替って逆転すると,再び下部が加熱されて上都との温度勾配が,ある限界に達するまでの間,しばらく重力的に安定して,その期間は熱の伝導が行われるけれども,対流運動は停止する。かように,マントルの対流運動は途中に停止の期間を挟んで半回転運動を繰り返しているわけである。その速度には緩急のちがいがあるが,平均の速さは年間に数cm,あるいは,たかだか10cmぐらいであると言われている。
 マントルのなかで,対流運動の上昇流が最上部に達すると両側へ開くように分かれて横へ流動する側方流に変わる。一方,マントル最上部の側方流が両側から向かい合って相寄ると,合流して下降流となる。かくして,対流運動の上昇流がマントルの最上部で両側に分かれるところでは,対流の運動エネルギーが上位に直接する地殻に応力がはたらいて地殻を両側へ引っ張るような張力が作用する。また,マントルの最上部を側方流が流動すると,すぐ上位に接する地殻をその方向へ引きずるような張力を作用する。さらにまた,最上部の側方流が両側から合流して下降に向かうところでは,上位の地殻を両側から引きずって圧縮し,同時に下降へ引きずり込んで地殻の激しい屈曲や破擾を生じ,そこにはいちじるしい圧縮変動帯が形成される。これがマントルの対流説による地殻変動論のあらましであって,前述のアルプス変革または造構造輪廻は,まさに以上の経緯に該当し,環太平洋造構造帯やアルプス・ヒマラヤ造構造帯は,それの圧縮変動帯にマッチするものであると考える。この説は,始め,イスラエルの物理学者Pekerisが,マントル内にいくつかの対流運動の“対流胞”を画いた理想図を示して解析したのであるが,後に,アメリカの地球物理学者David T.Griggsが理論的に,また,モデル実験も行って体系づけている。すなわち,マントル内の対流運動は“対流胞”を画いて周期的に半回転運動を繰りかえしているわけであるが,Griggsは,マントルは流動体の状態にあるのではなくて,深部の高温度の下でも,たとえ小さくともある強度をもっていることを指摘して,どのような対流胞の中でも,その運動の速度は一定でなく,対流が始まるには,ある一定の強度の限界値以上の力がはたらかなければならないと考えた。運動が起るためには,常にその推進力がその部分の強度を超えなければならないから,対流の運動を推し進める力が,ある限界以下に下がると,対流は停止する。このことから.対流運動は,ゆっくりと動きはじめ,次第に速度を増して最大に達し,それから速度が落ちていって停止し,下部の冷えた部分が再び加熱されるとまた運動が始まるというマントル内対流運動の周期的な機構を考えて,種々な理由にもとづいて,その時間的段階を次記のように仮定している。すなわち,Griggsの見解によれば,対流運動の半回転の時間はおよそ5,500万年ないし6,000万年ぐらいで,始め緩慢に運動を開始してから,しだいに加速する流れの時間が2,500万年ぐらい(第1段階),急速活発な運動の時間が500万年ないし1,000万年ぐらい(第2段階),それから速度が次第に衰えて緩慢な運動の時間が2,500万年ほど続いて(第3段階),遂に静止し,それが加熱されて再び運動が始まるまでの静止期間はおよそ5億年ぐらい(第4段階)であろうという。静止期間中に,別な対流胞が活動することもあるので,ある地点での対流による地殻の引きずり込みの作用に対しては,一定の時間的段階を決めることは困難であろう。
 以上については,検討を要する余地が多々あるけれども,一方において合理的妥当な論理が多く含まれている。因に,地殻の下にあたっておよそ2,900kmの深さにおよぶマントルは,地震波のS波を伝えることから剛体の状態にあることは確かであろう。また,マントルは下底において,下位に接する外核からの熱の供給と,さらに加えて放射性物質の崩壊による加熱もあると考えられ,加熱による輻射,伝導,対流が行われてマントルの不安定状態を生じ,遂には熱エネルギーが運動エネルギーに変って,ゆっくりとした対流運動が始まるという考えは適正な見解として是認されるであろうと思う。すなわち,剛体としての圧力と温度と時間の均衡が,加熱によって不安定状態を招き,漸時に可塑性を帯びるに至るわけである。なお,対流運動のプロセスについては,現在,種々な仮定のもとに,見解が必ずしも合致していないことは前記のとおりである。次に,剛体としてのマントルや地殻の可塑性について,たとえば高度8,000m級のヒマラヤが,単にその部分だけ余分に岩石が積み重なって地上高く聳え立っているとすれば,下底部の岩石の強度ではとうてい上位の重さを支持することができないで,破壊されて崩れてしまうはずである。この問題についてはアイソスタシー説が適正に解明しているわけであるが,地殻を構成する岩石圏が地上の高度に比例して“根”をマントルの中へ深く突き込んで浮遊の均衡が保たれているからであって,それには下位のマントルが可塑性にもとづく流動的動きの性状を持っていると見なければならない。一方,地殻の構成にみる堆積岩や変成岩など岩石の褶曲などの変形構造の形成は,岩石の可塑性にもとづいて流動的動きをとったものと解せられる。また,スカンジナピア地方において,氷期後氷河の荷重がなくなったのに応えて生じた隆起について,その速度と隆起度が実測されているが,これはアイソスタシー説の原理にもとづく現象であって,下位のマントルの可塑性による流動である。かくて,剛体の性状を示すマントルや地殻が,とくにマントルの下底が加熱されて上部との温度勾配が大きくなると,熱伝導が活発となり,次第に可塑性を帯びて粘性が低くなるとともに遂には熱対流の効果が大きくなって,さらに,マントルの下部と上部の物質が入れ替る対流運動として,いくつかの対流胞を画いて流動することは,地球における妥当な通念として認めてよいと考える。
 かくして,マントルの対流運動が地球の内因的作用の最も重要な原動力であると考える次第である。ところで,マントルは剛体の性状を持ち,真の流体ではなくて,深部の高温の下では,たとえ小さくとも,ある程度の強度を持っているので,運動が起るためには常にその推進力が,その強度を超えていなければならない。したがって,どのような特殊な対流胞の中でも,その運動の速度は一定でなく,対流の運動が始まるには,ある一定の強度の限界値以上の力がはたらかなければならない。そして対流運動を推進する力が,ある大きさ以下に下がると,むしろ運動は停止する。そこで,Griggsは対流運動の周期的機構を導き出して上述のようないくつかの段階を考えたのであるが,彼の示したそれぞれの年数はともかく一応の目安としても,各段階の推移については適切な考えであると思われる。さらに,KuenenとGriggsはモデル実験を行い,マントルの対流運動によって地殻の岩石の圧縮,褶曲,推し被せ断層などの形成,軽い地殻物質がマントルに引きずり込まれ,その根部へ推し込まれる様相など,種々の特徴がモデルに作られることを実験で暗示している。ここで,地殻の地史を振り返ってみると,顕著な造構造変動が,ある期間の間隔をおいて,先カンブリア時代にはいくつか,また,古生代の初期と末期,中生代中葉,新生代第三期中葉から末期にかけて発生しており,この最後に挙げた変動が前述のアルプス変革と呼ばれるものである。これら造構造変動を蒙った変動地域が,例外なく,いずれも幅狭く非常に長い帯状の地帯になって延々と連なっている。このことは,きわめて重要な事実であって,KuenenとGriggsのモデルが暗示しているように,相隣る対流胞の対流運動の側方流が両側から合流して下降流に向かうところで,上位の地殻を引きずり込んで激しい変動帯を形成するところが,上記の造構造変動帯に該当するものとし,かつ,それが対流の周期的機構の第二段階に当るものであると解析すれば,まことに合理的であると考える。
 したがって,地球上最も激しい造構造変動は,周期的にある期間を経て発生しているのであるが,それらの最近の変動であるアルプス変革が,今よりおよそ2千数百万年ぐらい前から千万年内外ほども前の時期,すなわち地質時代の中新世から鮮新世の頃に生じたのであって,日本列島はその変動帯のうちに含まれて,このときの変動を蒙ったわけである。この変動によって地殻とマントルの均衡が破れて,浮遊のきわめて不安定な状態を招来していると考えられる。それ以後は,対流周期の第三段階から第四段階となり,当然のことながら不安定状態から安定への回復へ向かって種々な作用が活動することを考えなければならない。それゆえに,それらの諸作用が自然災害発生の原動力として種々な影響を及ぼしているものと思われる。

V,自然災害発生の本源と研究体系の基本
 自然災害は,自然現象の異常な自然作用が人間社会生活環境と異常に絡み合って発生するのであろから,地球の内部に発源する内因的作用や太陽のエネルギーにもとづく外因的作用のいずれかの異常な自然力が自然災害発生の本源であると考える。地球の内部に関しては,現在もなお,不明なことがたいそう多いので,それらの究明にあたっては,仮説に準拠して研究を推進しなければならないことが多い。その場合,あくまで仮定と事実とをよく理解して,仮定に依存しているという認識が肝要である。かくて,多くの仮説が多くの科学の研究を推進して科学の進歩発展に寄与していることは改めていうまでもないが,最も合理的な論理にもとづく仮説が多く事実を生み,多くの事実を解明して,やがて学理として認知されていくわけである。それゆえに,論理の不十分な仮説をあたかも真実な学理として扱うことには注意しなければならない。
 ところで,自然災害の発生源となる作用は,地殻および地殻表面付近に影響を与える内因的作用や外因的作用の異常な自然作用であって,前者の内因的作用については,それの究明に当って,とくに前述の“アイソスタシー説”と“マントル対流説”を適用して研究を推進することが妥当であり,適切であると考える。したがって,内因的作用にもとづく異常な自然作用に関しては,これら両説の複合を基盤として,自然災害発生の本源究明に研究を推進して事実の解明に資し,また,かくして幾多の事実が解明されることによってそれらの仮説が次第に学理としての真実性を保持するにいたるであろう。
 そもそも,自然災害研究の究極の目標は,災害の回避,制御,防災,減災などの対策や施策に資するための技術研究であって,さらに満足な技術研究の進展のためには自然災害の基礎研究が重要である。したがって,満足な基礎研究は,まず第一に自然災害発生の本源として内因的作用や外因的作用の異常な自然作用の性状を解明し,自然災害発生の原因として異常な自然作用が,地殻や地殻表面付近において人間社会生活環境の諸要素と絡み合って生ずる災害発生のメカニズムを究明して,さらに自然災害現象の進展の性状を解明することが肝要である。すなわち,以上が自然災害研究の基本をなすものと思う。

VI,地域研究としての自然災害研究
 本編の始めにおいてわが国における自然災害の見地から,わが日本列島が地球上のどのようなところに位置しているかについて述べた。また,本誌創刊号(Vol.1, No.1, 1982)の巻頭の「発刊のことば」において“自然災害科学研究第三の時代”なる拙論を述べた。それによると,自然災害の基礎研究について,古くは自然災害の究明というよりも,むしろ災害事象を研究材科に扱ってそれぞれの専門学問分野それ自体に関する研究が多かった(第一の時代)のであるが,終戦後,とくに伊勢湾台風災害の頃からは自然災害研究をいくつかの関連の専門学問分野に跨がる境界領域科学としての研究が進められて現在に至っている(第二の時代)。しかしながら,関連のいくつかの専門学問分野の研究者がそれぞれの専門知識をもって相互連携の共同研究を行ういわゆる境界領域科学としての研究では,それなりに良い面も多くあるけれども,自然災害研究の総合性に欠けるところがあって,満足な成果を得るに必らずしも十分でないように思われる。複雑多岐にわたる自然災害現象に対して,各専門学問それぞれの見地に立って,それぞれの学問理念に基づいて,それぞれ個別な研究を進めているところが問題であると思う。それゆえ,自然災害研究は総合性のある独自の学問理念をもって独自の学問体系のもとに研究を推進する体制が重要であることを指摘して,今後の研究に期待し,それを第三の時代(波)と呼んだ。
 さて,わが日本列島は,前述したとおり,中新世から鮮新世にわたるアルプス変革の造構造変動を蒙った変動帯のうちに属し,この変動の本源は“マントル対流説”の説く対流運動の周期的に最も活発な段階の活動にあたり,その激しい変動を蒙って“アイソスタシー説”の説く地殻の浮遊均衡の釣合が破壊され,地殻とマントルの構成がはなはだしく乱されて,きわめて不安定な不均衡状態が生じたと見倣される。したがって,以来現在にわたり,この不安定から釣合の安定を取り戻す均衡回復の傾向へ種々な運動が作用すると考えられる。すなわち,日本列島における自然災害発生の本源に関する究明にあたっては,少なくとも内因的作用に関しては,思考の発端を,中新世から鮮新世のアルプス変革にもとづく変動にまで遡って考究する必要があると考えるのである。換言すれば,わが国における自然災害発生の究明については,その端緒が中新世ないし鮮新世における造構造変動にあること,さらに,それ以来は,そのときの変動によって乱された地殻とマントルの釣合の不安定から均衡回復の安定へ向かってはたらく種々な作用が,現在,大部分の自然災害発生の主な要因をなしているという見解を強調する次第である。かくして,マントルの対流運動の最盛段階における造構造変動と,その変動によって乱された地殻の不均衡状態から安定を取り戻すための均衡へ向かって作用する地殻変動とは自ずから,その性状が本質的に異なっていること,また,自然作用には運動がはなはだ緩慢であるために,なかなか人間感覚では直接に把握しにくい場合が多いことも認識しなければならない。
 そこで,大陸性地殻においては上部の厚い“花崗岩質層”と比較的薄い下部の“玄武岩質層”から成り,さらに下部層が広く海洋底へ広がっていわゆる海洋底地殻を成し,下位のマントルに対して浮遊の均衡が保たれて,深度を増すほどに圧力が増加し,かつまた,温度が増加して,深部はかなりの高温,高圧のもとで剛体の状態にあるから,もしも何らかの変動などによって,部分的に圧力が限界を越えて急激に低下すれば,温度と圧力の釣合が破れ,その部分の物質が溶解されてマグマ溜りが形成されるであろう。通例は,花崗岩質層の最下部や玄武岩質層のうち,あるいはマントルの最上部のあたりに,それぞれの成分に応じたマグマが形成されるという。このような高圧の場(フィールド)のなかにマグマ溜りが形成されると,周辺に較べて非常に密度(比重)の小さなマグマは,きわめて強い活動力を保有して,それが地殻やその表面にどのような影響をもたらすか。
 また,変動によって生じた地殻とマントルの不均衡の場においては,変動の影響により,しばしば応力が偏在して歪みを生ずる。歪みのエネルギーが蓄積されて,ある極限に達すると,エネルギーの急激な発散による破壊的な作用を生じて地殻に変動変化を及ぽす。たとえば,地震作用の如きは,このような急激なエネルギー放出にもとづく破壊のひとつの例であり,あるいはまた,マグマの急激な活動によっても発生すると考えられるのであって,断層の生成などはそれらの破壊作用にもとづく結果であると考える。
 さて,以上により,わが日本列島における自然災害発生の本源について,第一に,日本列島全体が中新世から鮮新世にわたる時代のアルプス造構造輪廻の変動を蒙った変動帯のうちに含まれていて,この変動以来現代へわたっては,その変動で乱された地殻とマントルの不安定な不均衡から,安定を取り戻すために均衡回復に向かって種々な作用の活動が行われている。すなわち,現代の日本列島はこのような傾向に沿う種々な内因的作用の自然作用が多くの自然災害を発生していると考えるのであって,言わば,かっての造構造変動の後遺変動として種々な自然作用の活動が続いていると見倣される。したがって,ある種の自然災害は発生の端緒を,遠く中新世ないし鮮新世の造構造輪廻の変動に遡って,その根源を追跡し,また,追究しなければならない場合もまた多い。
 たとえば,現在においてわが国では地すべりが全国的各地に頻発して,多くの災害を発生しているが,それらのほとんどが過去において,かって地すべりのあった旧地すべり地に再発して,それらの規模は過去のものより小さいようである。全国的にくまなく調べたわけではないが,どうも全くの新らしい処女地に新生の地すべりは,まだ見当らない。それらしいものがあっても,旧地すぺり地における地すべりが周辺の隣接地に派生したものであると思われる。過去の旧地すべりの方が普遍的に大規模なものが多いことも事実である。このことは,過去の旧地すべり地において,地形的に,また地質的に不安定な状態が部分的に残されていたと見るべきであって,地すべり発生の究明にあたっては,さらに旧地すべりの発生根源の解明にまでも遡らなければならないと考える。しからば,過去の旧地すべりは,何時の時期に,どのような条件のもとに発生したのであろうか。中新世ないし鮮新世のアルプス造構造輪廻の変動を蒙って,変動帯の地殻にたくさんな褶曲や断層が生じ,マグマの活動に伴う貫入や火山噴出などがあって,地殻の構成がはなはだ複雑に乱されるとともに,地殻表面の地形もまた険しく複雑に変化して,各処に不均衡な状態が生じた。それがその後,とくに更新世(洪積期)における氷期と間氷期の気象変動の激甚な時期の集中的な激しい豪雨・豪雪や寒冷・旱魃などがはげしく繰り返された影響で,地すべりや山崩れが多発したのであって,それら鮮新世以後,主として更新世に生成された地すべりを,現世のものと区別して旧地すべりと呼んだのである。
 以上,わが日本列島はアルプス造構造輪廻の特殊な変動帯のうちに含まれていて,如上のような変動帯特有の諸条件をもっており,日本全体としての顕著な地域的特性が認められる。したがって,自然災害の研究は,如上の特徴ある諸条件・諸事項を研究の基本とし推進するべきであって,むしろ日本的自然災害科学の研究体系と言うべきか?!。なお,本編においては,主として内因的作用に関連して多くを述べたが,また,日本列島は地球上偏西風帯のうちにあって,とくに外因的作用にもとづく気象変動の比較的激しいところにあたっていることにも注目しなければならない。
 因に,自然災害発生の原因は,主として本源の内因的作用や外因的作用の自然作用が,地殻上の人間社会生活環境との異常な絡み合いによるのであって,原因の究明には,まず,本源の作用の解明が肝要であると考えている。


日本自然災害学会