Vol.13-3
 
これからの防災
参議院災害対策特別委員会委員長  陣内 孝雄

 

 世界を大洪水が襲い,ごく一握りの人間が辛くも生き延びて新世界の建設を始める…と言うと,旧約聖書の「ノアの洪水」が余りに有名であるが,同様の神話・伝説は,実はヨーロッパを除く世界各地にかなり広く分布している。メソポタミアバビロニアのものは,ノアの洪水のルーツと見られているし,インドではマヌという男が,育てた魚に教えられて大洪水から命拾いをする。その他,東南アジア,ポリネシア,そしてアメリカ大陸にも,様々な洪水伝説があるという。
 これらの伝説の背景を考えてみると,古代から人類は洪水などの自然災害と文字通り命懸けでつきあってきたということであり,人類の築いた世界と運命を大きく変える存在として自然災害が圧倒的な力を持っていたわけである。
 一方,現代では,自然災害そのもののメカニズムは科学でほぽ解明された感があり,防災に関する科学技術の進歩に加え必要な防災事業を推進していく経済力に支えられ,我々は1年の大半を災害を意識することなく暮らしている。
 しかし災害そのものを無くすことは人間の力に余る。咋年は比較的災害の少ない年であったが,それでも夏の渇水は全国各地に深刻な影響を与えたし,9月下旬の宮城県豪雨や広域的に風水害をもたらした台風26号,10月の北海道東方沖地震(負傷436名,住家被害7,764棟)さらに年末の三陸はるか沖地震(死者2名,負傷692名,住家被害5,604棟)といった災害が相次いだ。また,雲仙普賢岳も噴火活動が4年以上に渡って続いており,咋年後半は溶岩供給量はかつてない低い水準となり火砕流も小規模になったが,なお494世帯(咋年末現在)が避難対象となったままである。
 今後も災害対策には万全を期すべく,平成7年度政府予算案では,国土保全,災害予防など防災関係予算として3兆円近くを計上している。
 また,防災に関する基本的な計画として,災害対策基本法に基づき防災基本計画を定めているが,近年の都市化,高齢化情報化,国際化の急速な進展等に伴い,災害態様の変化,災害脆弱性の増大等が見られる。このような状況変化に的確に対応するため,平成7年度には防災基本計画を改訂することとしている。
 さらに,大規模地震としてその切迫性が指摘されている東海地震については,観測体制の強化,防災関係施設の整備等を進めており,その一環として「地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」により,これまで7,700億円を投じ避難地・避難路や消防用施設の整備あるいは公的医療・教育施設の防災対策の強化などを促進してきたところである。同法は平成6年度末が期限となっているが,なお必要な事業が多いことから期限を延長する方針である。
 以上のように国や自治体では各種防災施策を推進しているが,その一方で決して軽視できないのが住民の防災意識であろう。地域社会が経験的に築いてきたその地域持有の災害への反応・対応を「災害文化」と称することがあるが,そのような災害文化の役割をここで強調しておきたい。従来は水害・土砂害の危険性から敬遠されてきた場所までも,都市化が進む地域では宅地化されることがある。また,都市化は空間の高密度利用,機能の連鎖性,人口の流動等により災害態様の変化を惹起するとともに,都市内でのコミュニティーの機能低下は災害文化の継承を難しくしている。防災の基本として,地域住民1人1人が災害について十分理解した上で「災害に備える」ことが重要であり,そのために,自然災害の研究・対策に携わる方々には大いに情報発信に努めていただくようお願いしたい。


日本自然災害学会